「医師」「医療」をテーマにしたドラマは数々ありますが、ズバ抜けて質が高いのが「白い巨塔」です。
「白い巨塔」は山崎豊子さん原作の、医学界の腐敗を鋭く追及した社会派小説です。
山崎豊子作品の中でも特に傑作と名高く、1966年に映画化され、その後テレビドラマ化されました。
「よくここまで正確に調べることができたな」という感嘆と「医学界の問題点を鋭く突いており、わりと忠実に再現している」その洞察力、取材力に尊敬の念を抱いた作品でした。
田宮二郎主演のドラマと、唐沢寿明主演のドラマがありますが、どちらも名役揃いで高い評価を得ています。
最近「私失敗しませんから」という女性外科医のドラマを見ましたが、あんな子供だましとは格が違います。外科医は、失敗します。お涙ちょうだいの「医療ヒューマンドラマ」とも一線を画しています。
徹底的な取材の元に製作された「白い巨塔」をみれば、閉鎖的でなかなか垣間見ることのできない医師社会の実態がなんとなくわかります。
そんな「白い巨塔」を元に医学界を解説してみたいと思います。
教授の診断にケチをつけたら病院を飛ばされるのか
鵜飼教授が胃がんと診断した患者に、すい臓ガンの見落としがあることを里見助教授が発見しました。
教授の誤診だったことになるわけですが「あなた、見落としましたね!」と大っぴらに糾弾すれば、教授のメンツが丸潰れになります。教授の怒りを買えば、その後の待遇は大幅に悪化するでしょう。
医学部で「教授は神様」。教授の権利は北朝鮮の独裁体制のように強力で、人事も予算も何もかも教授の一極集中です。
教授の誤診を発見しても、大沙汰にしない方が無難でしょう。患者は可哀想ですが。
教授に内緒で手術ができるか
財前助教授は東教授の留守中に緊急オペをしました。
手術は、手術室を確保しなければなりませんし、麻酔科医も手術に入るので、予め前もって予定が組まれるのが普通です。
教授に内緒でオペをするのは普通はあり得ませんが、「緊急オペ」という名目ならば可能だろうと思います。
産科の開業医は儲かるのか
財前五郎の義理の父は産科の開業医で、教授選でバンバンお金を振りまいていましたが、一般的に「開業医は比較的楽に儲かる」 「勤務医は開業医ほど儲からないのに激務で忙しい 」というのが普通です。
開業医のなかでも、産科は突然患者さんが破水したりするので、365日24時間待機の激務です。
その代わり出産はコンスタントに需要があるので、かなり儲かると思います。
助教授が医局を仕切れるか
ドラマの中で、財前助教授が医局を仕切って鼓舞するシーンが何度もありましたが、ああいう光景は珍しいです。
なんといっても医局の頂点は教授です。「患者は神様」ではなく「教授は神様」です。
教授と助教授の間には、巨塔ほどの差があります。よって教授を出し抜いて助教授が医局を仕切ったりすることは滅多にありません。
紅(くれない)会はあるか
教授の婦人だけが集まった「紅会」なるものがドラマに登場しましたが、実際にはあんなバカバカしい会合はあまり見たことがありません。
しかし教授の世界は、一般市民にはわからないので、裏では教授婦人会などの集まりがあるところもあるのでしょう。医者家系のご婦人は、確かにあんな感じでした。歯が浮くようなお世辞が飛び交い、陰湿ないじめ。
教授も、教授夫人も、大変ですね。あほくさ。
里見先生みたいな医者はいるのか
里見先生といえば、正義感が強く、教授に物おじせず、正しいことを貫こうとする。曲がったことが大嫌い。患者に寄り添う医者、というイメージです。
しかし、里見先生のような正義感を振りかざし過ぎる正直な医者は、大体けむたがられて、どこかに飛ばされるケースが多い印象です。町医者には里見先生のような人間味溢れる先生もいるかもしれません。
教授は神さま、仏様なのです。教授に逆らわない、忠実で無難姿勢 が医局での正しい姿です。
財前先生みたいな医者はいるか
財前五郎のような、「教授になるんだ」という野心が全面に出ている医者は、わりといます。
しかし国立大学の医学部は、東教授の指摘通り、手術だけが上手くて論文があまり評価されてない医者(いわゆる技術屋)はあまり教授選の候補者になりません。
教授の価値は研究、論文で評価されることが多いようです。
例外として、天皇陛下のバイパス手術を行った、順天堂大学の天野先生がいらっしゃいます。あれはレアケースで、日大卒の医者が順天堂の教授になることすら珍しいです。それほど手術の腕が素晴らしいのだということです。
食道専門の医師が膵臓の手術をすることは少ない
財前先生は「食道がん」専門の外科医です。鵜飼教授が見落した、すい臓ガンの患者を「緊急手術」としてPD〔膵島十二指腸切除術〕のオペをやっていましたが、実際にはそんなことは あまりありません。
PDは難易度の高い手術です。食道も再建が難しく、それぞれが難易度の高い手術になります。
PDも食道がんも、それぞれ10時間を超えるオペになることも珍しくありません。よってそれぞれのエキスパートがいるわけで、両方のオペができる外科医は,
天才ブラック・ジャックくらいでしょう。
教授のミスは隠蔽されるのか
下に紹介する「医療ミスー娘の命を奪われた母親の闘い」という本を読んで頂ければわかります。
この本は、医師である久能先生が執筆された本です。脳外科の有名なある教授が執刀した手術にミスがあり、その手術で娘を亡くした女医さんの手記です。
久能先生が手術ミスを指摘したところ、教授に盾突くなと脅される場面や、脳外科専門でない女医に、どうせわからないだろう と医者が医者をバカにする場面が、本に書かれています。
脳外科や心臓外科というのは、医師社会ではステータスの高い科になるのですが、同じ医者同士ですら教授のミスを隠蔽するのですから、教授のミスは隠蔽されることが実際にあるということでしょう。
久能先生が医者で、知識があったから医療ミスが解明されたものの、手術室の密室で起こったミスを患者が究明するのはなかなか難しい実態があります。
東教授の総回診について
「あずま教授の総回診です」とアナウンスが流れてから、教授を筆頭に医局員がずらずらと引き連れて歩くシーンが印象的ですね。
現代でも、教授回診はあんな感じです。教授、助教授、講師、医局員、研修医、医学生、総勢20〜30人を引き連れてズラズラ病棟を歩きます。
頻度は週1程度で、早く終わる科は1時間ほど、長々した科ではなんと4時間も教授回診をしています。4時間教授回診をされると、医局員はへとへとになります。
目的は、入院患者全員の状況を、主治医が教授に一人一人まわって説明するためです。
列の後方にいる医局員は、患者を診察している様子は全く見えないし、何を話しているのか全く聞こえないし「なんの意味があるの?」と思うことも多々あります。
実際、主治医と教授だけが回診すればいいのであって、あんなにゾロゾロ引き連れる必要はありません。 患者さんも沢山の医者からジロジロ見られて、「嫌だなぁ」と思う人もいるはずです。
科よっては全く患者の臨床(治療)をせず、論文ばっかり書いている教授が診察するので、「本当に聴診器の音の意味わかってるんやろか?」てな感じの教授もいます。
こういう場合は、いわゆるパフォーマンスに過ぎず、お年寄りの中には「教授さまに診てもらえた、ありがたや、ありがたや」と感じる方もいらっしゃるので、変な伝統が今も続いているのだと思います。
しかし、ホリエモンが医学界の改革担当に就任したら、教授回診は速攻消え去ると思います。非効率極まりないので。
医学界ほど封建的で、古い体質の世界はないと思います。
教授回診のとき教授はエレベーターで行き医局員は階段を駆け上がるのか
教授回診に向かう際、教授はエレベーターにのって、医局員は教授が着く前に間に合うように階段を必死で駆け上っていくシーンがあります。
今は、あそこまで露骨に階段を駆け上がることはありませんが、エレベーターが空いてないときは、やはり教授はエレベーターに乗り、下っ端は階段を必死で駆け上がります。
ただ、教授より先に着いていないと罵倒されるということはありません。
教授を学外から呼ぶことはあるのか?
東教授は財前先生が気に入らずに、母校である東都大学から教授の後継者を推薦しました。(おそらく東都=東大 浪速大=京大or阪大 の設定)
原則、その大学出身の人物が教授になるのがセオリーですが、東教授のように自分の母校から呼んでパイプをつくったり、系列大学から呼んだり(例として京大系列の国立大学は、日本全国に何校かあります)、心の広い大学は、全国から公平に公募したりします。
ただ、医学部というのは派閥の力が強いので、大学に全く関係ないところから来た人が教授になることは滅多にありません。
教授は技術屋でなく学者がなるべきか?
国立大学の大方の教授は、手術の腕より、学者として論文で成果をあげた人がなりやすい傾向にあります。よって、論文は書けるけど手術はできないという教授はたくさんいます。
しかし、外科系では技術の長けた人物が教授 にならないと後進が育たないと思うのですが・・・
教授選ではお金が動くのか
動きます。なんやかんや、動きます。たまに怪文書が回ります。
外科手術の心づけは要らないのか?
入りません。今どこの病院でも、患者から何かを受け取ることは厳禁とされているので、お金やモノを医者に送る必要はありません。例えば100万円贈ったとして、手術の腕が上がるかというとそうでもないので、無駄です。
手のつけられないガン患者は大学病院では診られないのか?
大学病院の基本は 研究 教育 診療です。最も先進的な治療を提供する場所とされています。
治療が可能な場合は、大学病院で診てくれますが、手の施しようのなくなった患者は大学病院では診ません。関連病院に転院する手続きをとります。
大河内教授専門の病理学とは何か
病理とは、手術などで切り取った病巣部の標本を作って、顕微鏡で病巣の組織を見て、最終的な病名を判断したり、ステージを判定するところです。
直接患者さんと触れ合うことは少なく、滅多にお目にかかれないと思いますが、医者はよくお世話になってます。
病理医は毎日顕微鏡とにらめっこしてます。
医局員が教授にモノを言うのは100年早いのか
教授は神さまなので、100年早いのでしょう。
外科医はヒゲを伸ばしているのか
髭を伸ばしていると、なんだか手術が上手そうに見えるので、ひげを伸ばしている外科医は結構います。
教授に昇進すると製薬会社の接待がすごいのか
すごいです。製薬会社は「シンポジウム」「講演会」などと銘打って教授を担ぎ出しますが、終了後の打ち上げは一流のレストラン並みに豪華です。
ビュッフェやフレンチバイキングのことが多いです。ただの医局員もその恩恵にあずかれることがあります。
教授はビュッフェの後に、よく別室に連れて行かれます。白い巨塔に出てくる、お座敷のようなところです。(見たことはありませんが)おそらく製薬会社の豪華接待攻撃にあっているのでしょう。
たまに昼休みに、製薬会社主催の新薬紹介プレゼンが開催されるのですが、10分出席するともれなく3、000円の豪華弁当が食べられます。
肺の炎症性変化と 転移は鑑別が難しいのか
炎症性変化とは、肺炎やタバコなどの影響により肺が炎症を起こした初見のことです。
白い巨塔ではX線で白く写っていました。里見先生はその影を、食道がんの肺への転移ではないかと疑って胸腔鏡検査をするように財前先生に忠告しましたが、東教授の退官日に手術を入れたかったようで強引に手術をし、転移を見落としてしまいました。
実際の現場でも、炎症性変化と転移は、X線やCTだけでは判断が難しい場合が多いようです。
あなたは里見派?財前派?
白い巨塔の多くの読者が、患者の味方である里見先生を支持するのではないでしょうか?
自分も医学部に入る前はそうでした。しかし、実際医者になってみると、里見先生のような姿勢を貫くことはなかなか難しいのを実感します。正義はなかなか貫かれず、憂き目にあうことが多い、そんなゆがんだ世界を見てきました。
医師社会でうまくやっていくためには、財前先生のような狡猾なところがないと、ダメです。
※以上は、私的な所見に基づき執筆しましたので、すべて正しい情報ではありません。フィクション的な読み物として捉えて頂ければ幸いです。
↓白い巨塔「後編」はこちら
いづれにせよ、「白い巨塔」は名作です。見逃した人は、ぜひ山崎豊子ワールドを体感してみよう🎶
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